THIS IS CRISS! (PRESTIGE)

SONNY CRISS (1966/10/21)

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【パーソネル】

SONNY CRISS (as) WALTER DAVIS JR. (p) PAUL CHAMBERS (b) ALAN DAWSON (ds)
【収録曲】

(01-03) BLACK COFFEE / DAYS OF WINE AND ROSES / WHEN SUNNY GETS BLUE
(04-06) GREASY / SUNRISE, SUNSET / STEVE'S BLUES
(07-08) SKYLARK / LOVE FOR SALE
【解説】 ( 2021年02月07日更新 / 連載 1,430回 )

 エッッホォォォォウ! …ということで、今年も食べましたぜ、恵方巻き。 節分の日に、太巻き寿司を丸かぶりするという風習、僕が子供の頃には、まったくメジャーではなかったんっすが、何やかんやで、すっかり定着しちゃいましたよね。 食べ物が絡むイベントとしては、土用の丑の日の 「うなぎ」 、大晦日の 「年越し蕎麦」 と同じレベルで、市民権を得たと言っていいのではなかろうかと。 どうして年越しに 「蕎麦」 を食べるのか。 「サバ」じゃ、アカンのか? そんな疑問は、誰もが一度は抱いたことがあるのではないかと思いますが、細く長く生きられるよう。 そんな願いが込められているんでしたっけ? ぶっちゃけ、価値観の強要っすよね。 価値観、痴漢、マンチカン。 この中で、いちばん可愛いのはマンチカン、いちばんタチが悪いのは痴漢なんっすが、価値観の強要というのも、かなり迷惑な話だったり。 世の中、細く長く生きたい人ばかりじゃないっすよね。 無駄にダラダラと長生きして晩節を穢すより、太く短く生きて、潔く、スパッと逝きたい。 そのように思っている人も少なくないのではなかろうかと。 無論、細く長く…という生き方を否定するつもりはなく、そういう主義の人が蕎麦を食って喜んでいる分には、まったく何の害もないんっすが、細い派の代表が 「蕎麦」 というのは、ちょっと、どうよ? そんな疑念がないワケではありません。 ま、確かに蕎麦は細いんっすけどね。 うどんに比べて細いのは確かです。 極細のうどんと比べて、どちらが細いかと言われると微妙なんっすが、少なくとも、 このうどん よりは細いよな? …と。 今回注文したのは 「名物たわらやうどん」 と衣笠丼のセット。 衣笠丼とはまた、地味なものを注文しましたなぁ…。 数ある丼物の中で、個人的には 「深川丼」 や 「木の葉丼」 に匹敵するくらい、ソソられるものがなかったりするんっすが、深川丼の場合、まず、名前のイメージがよくありません。 深川 → 通り魔殺人事件 → 川俣軍司 → グンゼのパンツ。 どうしても、そんな連想が働いてしまいます。 軍司くんの このパンツ が、本当にグンゼなのかどうかは定かでないんっすが、名前が軍司 (ぐんじ) やから、パンツはグンゼやろ? …と。 もし、違っていたりしたら、とんだ風評被害なんっすが、軍事評論家という肩書きからも、このパンツ姿が脳裏に浮かんできてしまうし、川俣軍司が犯した罪の影響は、計り知れないものがあるんっすが、で、深川丼というのは、 これ 。 うま味調味料のことなら、ここにおまかせ、日本うま味調味料協会。 世の中には、いろんな協会があるものなんっすなぁ。

 個人的に 「うま味」 というと、 吉井理人 を思い出してしまうんっすが、また、顔立ちや外観がうま味紳士そっくりなことから 「うま味コーチ」 と呼ばれる…と。 同じように、顔立ちや外観がうま味紳士そっくりな 館山昌平 は 「うま味エース」 と呼ばれているそうなんっすが、これ、 “うまみ” じゃなくて、 “うまあじ” って読むんっすな。 そもそも “うま味紳士” って、何や? …というのが最大の疑問なんっすが、とりあえず、このキーワードで、各自で画像検索などして貰うとして。 電車の中とか、会社の休み時間とかに、これを読んでいる人には、まったくオススメ出来なかったりするんっすが、(前略) みそ味で煮たあさりをご飯にかけた深川丼です。 元々は、あさりの味噌汁を飯 (めし) にぶっかけたもの = 深川丼。 そういう食べ物だったみたいなんっすが、あまりソソられるものがありませんな。 というか、あさりの味噌汁とか、食べたことがないような? 桑名の旧市街地の住民だと大抵、知り合いに1人か2人は、赤須賀の漁師本人、もしくは奥さん、あるいは息子や娘や孫なんかがいたりするので、売り物にならないような小さなシジミを貰ったりするんっすが、その関係で 「しじみの味噌汁」 というのは、よく食べます。 味噌はサンジルシの 料亭赤だし を使います。 味噌・醤油は、やっぱ、サンジルシやろ? …と。 最近は、お手軽な 「やわらかさん」 を愛用してたりするんっすが、シジミを貰うことも無くなってしまったので、売り物にならないような小さなシジミの味噌汁、しばらく飲んでませんなぁ。 労力に比して、得られる対価があまりにも些少なので、シジミの身は食べずに、汁だけを飲むんっすが、めっちゃいい出汁が出るんっすよね。 しみじみ、シジミの滋味が感じられる、そんな味だったりするんっすが、めっちゃ肝臓によさそう。 「食べる前に飲む」 のが、大正漢方胃腸薬なら、酒を飲んだ次の日の朝に飲むのが、しじみの味噌汁。 シジミンでしたっけ? 何か、そんな成分が有効なんっすよね。 んーと、 これ 。 しじみに含まれるオルニチンという成分は、うんぬん。 あ、違いました。 最後の 「ン」 しか、合ってませんでしたが、このオルニチン、シジミ以外だと、シメジにも含まれているんだとか。 シジミとシメジ。 どちらも、ジジぃに支持される食材なんっすが、んーと、 ここ 参照。 オルニチンを多く含む食材といえばシジミが有名ですが、なんときのこにはシジミの5〜7倍ものオルニチンが含まれています。 え、マジかよ? シジミ、大したことないじゃん…。 で、それがアサリとなると、オルチニンの含有量に関しては、さらにショぼくなってしまうんっすが、んなもん、味噌汁にして、飯にぶっかけても駄目じゃん。 …ということで、深川丼は却下。 で、続いては、木の葉丼。 「木の葉丼」 って、知ってる? 知らん。 芝しってるなら、知ってる。 そういう人は少なくないかも知れません。 『あおぞら家族』 の作者っすよね。 ここを見て初めて、芝しってるの本名が、芝 知照 (しば ともてる) であることを知ったんっすが、 「ねえねえ、知ってる? 芝しってるの本名って、芝 知照 (しば ともてる) なんやで!」 いや、これは使えますな。 知照 (ともてる = しってる) という字面を見ないとピンとこないのが難点なんっすが、それ以前に、 「そもそも、芝しってるを、知らん。」 そう言われちゃうのがオチなんっすけど。

 で、木の葉丼。 卵丼にかまぼこやさつま揚げなどの具が入っている丼のことです。 (中略) 親子丼の鶏肉がかまぼこorさつま揚げにチェンジ。 そういうアレなんっすが、うわっ、貧乏くさっ! 元々、鶏肉なんて、そんなにお高い食材ではなかったりするんっすが、更にそれを、もっと安い代替品で何とかしようという発想。 さすが、関西人っすな。 プライドのお高い東京人では、思いつきません。 いや、思いついたとしても、プライドが邪魔をして、実行に移せません。 その点、関西人は大丈夫。 思いついたら、即、実行。 よくよく考えると、鶏肉と蒲鉾って、見た目がちょっと似てますよね。 何とかなるかも? じゃ、さつま揚げは、どうなんや? そう、思われるかも知れませんが、よくよく考えると、鶏の唐揚げと、さつま揚げって、見た目がちょっと似てますよね。 何とかなるかも? そんな気がしないでもありません。 そもそも親子丼って、よくよく考えたら、鬼畜の所業だったりしますよね。 親と子を殺めて、親のほうは肉をバラバラにして、子のほうは殻を割って、鍋に入れてグツグツと煮込んで、御飯にかけて、食う。 うわぁぁぁぁ…。 ま、実際、親子丼の具になってる鶏と卵が血縁関係にある確率は、極めて低いんっすけどね。 卵を産んだ直後の雌鶏をさばいて肉にでもしない限り、実際は “親子丼” ではなく、 “他人丼” …というか、 “他トリ丼” ということになろうかと。 が、血縁関係がなければ、いい。 そういう問題でもないような? 親子だろうと、他トリだろうと、殺めて、肉をバラバラにして。 この時点で、アカンっすよね。 ヴィーガン、激おこ。 激おこぷんぷん丸は既に死語なのでしょうか? え? この言葉が流行ったのって、わりと最近だと思っていたんっすが、2014年2月20日の時点で、既に死語扱いって、マジ? それはそうと、このベストアンサー、何? 花のぴゅんぴゅん丸でさえ死語なのに? そんな言葉、一瞬たりとも、流行りましたっけ? ま、僕は極めて流行には疎かったりするので、僕の知らないところで、“花ぴゅん” が大ブレイクしていた可能性は捨てきれないんっすが、それにしても、質問者からのお礼のコメントのセンスのなさ…。「当たり前田のクラッカー」 って…。 そこは 「その手は桑名の焼き蛤」 やろ? 桑名人として、声を大にして、そう言いたいっす。 あんたら、言うほどハマグリ、食わへんやろ? そう言われると、確かにそうなんっすが、味噌汁はシジミだし、時雨煮はアサリだし。 が、それはそれ、これはこれ。 前田のクラッカーだって、そんなに食わへんやん! …と、逆ギレするしかないんっすが、で、木の葉丼。 親子丼の鶏肉がかまぼこorさつま揚げにチェンジ。 これならヴィーガンも、ニッコリ、錦織も、にしこり。 錦織クンの場合、 「ノドグロ、うめぇぇぇぇ!」 とか言っていたので、ヴィーガンの人たちとは、相容れないものがあるに違いありませんが、て言うか、木の葉丼、子供 = 卵のほうは食べちゃっているんっすが、それは? かまぼこorさつま揚げの原料は、お魚なんっすが、それは?

 でもまあ、ぶっちゃけ、卵って、中に成長したヒヨコが入ってたりしない限り、あまり “生き物感” は、なかったりしますよね。 無精卵とか、半分 “死に物” って感じだったりするし。 かまぼこorさつま揚げといった魚肉練り製品も、ハムやソーセージといった畜肉加工品に比べると、鬼畜の度合いは薄いかな? …と。 魚肉ソーセージとか、ソーセージとは名ばかりで、ほぼ “棒状のかまぼこ” みたいなものだったりしますからね。 かまぼこと魚肉ソーセージの違いって? 自分は食わず嫌いなので、味や食感の違いはわかりません。 それ、 “食わず嫌い” とは、ちょっと違うような? 無断で勝手に引用しておいて、イチャモンを付けるのもアレなので、我闘亜々亜さんの立場を慮って、ちょっとソフトな表現にしておいたんっすが、それ、“食わず嫌い” とは、ぜんぜん違うんじゃね? 何でもいいけど、慮って。 これで 「おもんぱかって」 って読むんっすな。 僕は今までずっと、慮(とら)って? …とか読んでいたんっすが、慮ると、虎る。 よく見ると、ちょっと違いますな。 よく見なくても、ぜんぜん違うんっすが、大きく異なって感じたのは、魚肉ソーセージには豚脂が入っていること。 豚脂でソーセージらしさを出しているのでしょうか? ま、そうなんでしょうな。 それにプラスして、香辛料なんかも。 何とかして、ソーセージらしさを出そうという努力は評価していいと思うんっすが、いかんせん、成果が伴わないな…と。 かまぼこからは脱却できないな…と。 ちなみに、かまぼこの原材料が魚肉であるのを知らない人がいるらしいっすな。 「かまぼこって、おととから出来てるの?」 そう、とある深窓の令嬢が宣ったのが、 “カマトト” という言葉の語源らしいんっすが、何でもいいけど、宣った。 これで 「のたまった」 って読むんっすな。 僕は今までずっと、宣(せん)った? …とか読んでいたんっすが、じゃ、陸上競技の朝原宣治は、あさはら・のたまったはる? ちょっぴり京都弁っぽくて、雅 (みやび) なんっすが、カマトト。 もしかしてこの言葉も、既に死語だったりするとか? 今のヤングは “ぶりっ子” とか言うんっすよね、多分。 で、えーと、魚肉ソーセージは使われる魚の種類も多そうですし、魚肉ソーセージはソーセージらしさを求めて様々な融合がされているのでしょうか。 つきつめて調べたら、様々な新事実がわかりそうです。 おしまい。 なら、もっとつきつめて調べて、新事実を解明しろよ! そう、思わずにはいられませんが、他人様のブログを無断で勝手に引用しておいて、何をエラそうに。 そんな気がしないでもなくて、で、雅 (みやび) と言えば、木の葉丼。 かまぼこを卵でとじた丼 = かまぼこ丼。 そんなネーミングだったら、貧乏くせぇ…。 そんなイメージしか湧いてこなかったりするんっすが、かまぼこや三つ葉など、卵以外の具材を木の葉に見立てたことが名前の由来とされる、木の葉丼。 この、最後の 「由来とされる、木の葉丼」 のくだりが、七五調で調子がよくて好きなんっすが、 「由来とされる、かまぼこ丼」 では、字余りになっちゃいますもんね。 これはこれで、語呂が悪くはなかったりするんっすが、三つ葉を木の葉に見立て…って、三つ葉は普通に葉っぱじゃん。 ま、木の葉ではなくて、草の葉なのかも知れませんが、何でもいいけど、木の葉と書いて 「きのは」 ではなく、 「このは」 。 この読み方も、ちょっと不思議っすよね。 「木」 を 「こ」 と読む事例って、他にもあるんっすかね? んーと、木っ端 (こっぱ) 。 いくらでもありますな。 で、かまぼこを木の葉に見立てる。 この発想は、なかなか雅 (みやび) だと思います。 何となく木の葉っぽい形をしているように見えなくもないっすよね、かまぼこ。

 で、一方、衣笠丼。 この原稿の最初のほうで、極太のうどんとセットで頼まれていた丼物なんっすが、深川丼と同じく、名前のイメージがよくありません。 どうしても、 某・国民栄誉賞受賞者の顔 が浮かんでしまうんっすよね…。 いや、衣笠祥雄クンは、とっても立派な鉄人なんっすが、食べ物の名前としては、ちょっとアレかなぁ…と。 まだ、中曽根丼とかのほうがマシかも知れませんが、で、どんな丼物なのかと思ったら、 これ油揚げと九条ねぎを卵とじにしたもの。 え、マジ? 美味そうやん♪ そうとも知らず、名前のイメージだけで食わず嫌い…というか、知らず嫌いしていた自分がちょっと、可愛いな…と。 油揚げ、好きなんっすよね。 きつねうどんとか、美味しいっすよね。 きつねうどんと、天ぷらうどん。 どちらでも好きな方を選べるなら、断然、天ぷらうどんだったりするんっすが、で、きつねうどんと山菜そばなら、山菜そば。 山菜って、わりとレア感がありますからね。 油揚げとか、近所のスーパーにも普通に売ってるし、あまり希少ではないので、ま、いっかぁ…みたいな。 僕の油揚げ愛は、その程度だったりするんっすが、助六寿司となれば、話は別。 助六寿司のうち、太巻き寿司と、いなり寿司。 どちらかひとつしか選べないとすれば、これはもう断然、いなり寿司。 いなり寿司が美味しいというのもあるんっすが、太巻き寿司というのが、あまりにも微妙。 そんな側面のほうが強かったりします。 太巻きごときが、寿司を名乗るな! そんな憤りすら、覚えてしまうほどなんっすが、でもって、恵方巻き。 ぶっちゃけ、かつてはまったくソソられるものがない食べ物でありました。 ただの太巻きの切ってないバージョン。 そういった代物でしたからね。 ただ、太巻きを切ってないだけの話なので、味はただの太巻きとまったく同じで、尚且つ、食いにくい。 そんな、マイナスの価値が付加されておりました。 カンピョウが噛みきれなくて、ゾロ〜っと出て来て、グニぃ〜と口から垂れ下がって、見た目的にも間抜けっぽくなってしまいます。 そもそもカンピョウって、どこに需要があるのか、まったく謎な食い物だったりしますよね。 氷河期よりは、ちょっとだけマシ。 そんな感じっすよね。 氷河期と氷河期の間を間氷期 (かんぴょうき) と言ったりするんっすが、温かい。 そんなアドバンテージのある間氷期に対して、カンピョウのほうは、噛みきれないし、大して美味しくないしで、まったく何のメリットもありません。 4年くらい前まで、さば家が買っていた恵方巻きには、カンピョウのほかに、変な漬物みたいなものが巻き込まれていて、それがなお一層、今ひとつ感を醸し出していたんっすが、 「大して美味くねぇ…」 と、不服を申し立てたところ、3年ほど前から、僕だけサラダ巻きみたいなのになって、ラッキー。 シーチキンとレタスとカニカマとマヨネーズ、美味ぇぇぇぇ♪ やっぱ、本格的な寿司は、こういうのじゃないとアカンっすよね。 近年、恵方巻きはバリーエーションがめっちゃ増えて、お子様にとっても、美味しくて楽しい。 そんなイベントになりましたよね。 煎った大豆というのも、そんなに美味くはなかったりするんっすが、 鬼に金棒チョコ 。 こんなのも出てるみたいだし。 で、今年の恵方巻きはどうするのかと思ったら、ある日、仕事から帰ると、食卓の上にこんなチラシが。

エッッホォォォォウ!(その1)♪ エッッホォォォォウ!(その2)♪ エッッホォォォォウ!(その3)♪

 おお、色んな種類があって、美味そう♪ 肉好きな僕としては、 「ローストビーフ巻」 に行っちゃいたいところなんっすが、ご飯とローストビーフって、あまり相性がよくなかったりするんっすよね。 ローストビーフ丼なんてのも、期待したほどにはイケてなかったり。 やっぱ、寿司は海鮮系やな…と。 魚介類の類いがあまり好きでもない僕でも、そう思ったり。 刺身は普通に好きだったりしますからね。 とまあそんなことで、「家族で団欒 太巻ハーフセット」 というのを頼んでみることにしました。 太巻き1本って、途中で間違いなく飽きるので、ハーフ、もしくは中巻きというのが賢明な選択だと思うんっすよね。 で、その成果の程は、後半、書くネタに困った時点で織り込むことにして、ちなみに、今年の恵方は “南南東” なんだそうで。 別にどっち向きでもいいやぁ。 …と、何も気にせずに囓っていたんっすが、いつも座っている椅子の向きが、ほぼ “南南東” でありました。 な、なんと。 エッッホォォォォウ! この先、ちょっとだけ、いいことがあるかも知れない。 そんな気がしないでも無い、そんな節分の夜でありました。 おしまい。

 ということで、今日はソニー・クリスっす。 日本ではコアな人気を誇りますよね。 初期はチャーリー・パーカー直系と言っていい、直情的なスタイルで、林家こぶ平が 「納豆のばし的」 だか、 「納豆のばしのばし的」 だか言ってた、クサい独特の節回しが特徴的。 キャリアを重ねるに連れて、「哀しみ本線日本海」みたいな要素が加わって、それが日本人のハートを激しく揺さぶることになるんっすが、1965年にプレスティッジ・レコードと契約し、主にハード・バップの伝統に根差したアルバムの録音を続けて、名声を勝ち得えた。 (中略) 1977年に胃がんを発病してからは二度と演奏しなかった。 病苦に耐えかねた結果、同年ロサンゼルスで自殺して果てた。 Wikipediaには、そんなことが書かれておりますな。 胃がんだけでなく、心のほうも病んでいたのはなかったかと記憶しておりますが、1927年10月23日なので、享年50歳くらい。 享年の数え方って、これで合ってるんっすかね? 満年齢とか、数え年とか、享年とか、よく分からなかったりするんっすが、人生50年。 深く短く駆け抜けた生涯であったな…と。 で、今日はそんなクリスの 『ディス・イズ・クリス!』 というアルバムを取り上げてみたいと思うんっすが、1965年にプレスティッジ・レコードと契約し、主にハード・バップの伝統に根差したアルバムの録音を続けて、名声を勝ち得えた。 その流れの1枚でありますな。 プレスティッジ時代のクリスのアルバムはどれも秀でていて、甲乙付け難いものがあるんっすが、ウォルター・デイビスポール・チェンバースアラン・ドウソンのトリオを従えた、シンプルなワンホーン・カルテットの本作は、根強い人気を誇っていて、とまあそんなことで、では演奏を聞いてみることにしましょうかぁ。

 まずは1曲目、 「ブラック・コーヒー」 。 君はブラック・コーヒーが好きかな? 僕は苦手です。 どうして苦手なのかというと、苦いからなんっすが、現場監督をしていると、職人さんがよく缶コーヒーなんかを買ってきてくれたりします。 事前に 「ブラック? 微糖?」 と、好みを聞かれることもあれば、姿が見えないなぁ。 …とか思っていたら、いきなり、ブラックコーヒーをすっと差し出されたり。 そういう場合、「あ、僕、ブラック、駄目なんっす。」 と言ったりすると、その後の業務に支障を及ぼす恐れがあるので、有り難く頂戴することにしているんっすが、ブラックが飲めない = お子様。 そんな空気があったりして、土建屋の世界で、マウントを取れなくなっちゃう恐れがあったりします。 そんな事はお構いなしに、 「俺、はちみつレモン」 とかリクエストしているオッサンもいたりして、僕も出来れば、そんなふうに自由に生きたいと思っていたりするんっすが、そんな僕の心の内を知ってか知らずか、このクリスの 「ブラック・コーヒー」 は、極上の仕上がり。 スローなテンポで、消え入りそうなトーンで吹かれるテーマ部には、クリスのすべてが詰まっている。 そう、言ってしまって、いいかも? そんな気がしないでもなく、儚さ、切なさ、畑岡奈紗。 デラ絶品でありますな。 人生に分岐点があるとするなら、あの日、あの街、あの店で飲んだ、1杯のブラック・コーヒー。 そんなドラマが見えてくるようで、たまらんっ♪ 気怠い雰囲気のテーマに続いて、クリスのソロが登場。 脳天気に はしゃいでいた、若かりし頃のクリスの面影は無く、酸いも甘いも噛みしめた 「都こんぶ」 のような味わいなんっすが、終盤、ちょっぴり激情に駆られる場面もあったりして、それはそれで人間味があって、いいな…と。 で、続いてウィルター・デイヴィスのピアノ・ソロが登場。 ウォルター・ビショップと混同されがちなんっすが、 こっちのほう の人。 顔のアスペクト比が、ちょっと変に見えるかも知れませんが、ピアノのほうは、普通にお上手なので、大丈夫かと。 ここでは、なかり凝った構成のソロをカマしてくれていたりするんっすが、適度にブルージーで、適度にファンキー。 ちょっぴり、デューク・ピアソンを彷彿させるものがあったりして、で、最後、クリスが再び登場して、哀感と情熱が合い混ぜになったようなブロウを披露して、でもって、テーマに戻って、おしまい。 これで僕も 「ブラック・コーヒー」 を愛せる大人になったな。 そんな気にさせてくれる、至極の1曲でありました。

 で、次。 「デイズ・オブ・ワイン・アンド・ローゼス」 。 日本ではもっぱら 「酒とバラの日々」 という放題で知られているんっすが、通称 「酒バラ」 。 何か、酒池肉林みたいな、ウェーイwww そんな世界を想像するかも知れませんが、んーと、 ここ 参照。 歌詞の意味が、今ひとつよく分からなかったり。 が、ここでのクリスは、そんなことはお構いなし。 アップ・テンポで、気持ちよさそうにアルトを吹いてます。 けれん味のなさ。 それも、この人の持ち味と言えるかも知れません。 で、中盤、ウォルター・デイビスのソロがあって、終盤、それがベースとの絡みっぽくなったりして、でもって、テーマに戻って、おしまい。 で、間髪を入れずに、次。 「ホエン・サニー・ゲッツ・ブルー」 。 ミディアム・テンポの歌心に富んだ吹きっぷりが、絶品…なんっすが、特に書くことを思い付かないので、恵方巻き。 ハーフ5本セットのうち、3本半くらい囓りました。 まずは “海の恵巻” 。 海の恵みがたっぷり巻かれていて、美味ちい♪ やっぱ、寿司は海鮮やな。 そんな思いを新たにした次第でありますが、んなことで、次。  「グリーシー」 。 ウォルター・デイビスのオリジナルなんっすが、ちょっぴり “栗石” を彷彿させる、ご陽気なナンバー。 土木の世界でよく耳にするんっすよね、 栗石 。 グリグリしている石だから、“ぐりいし” なんっすかね? ブギウギっぽい独特のリズムが特徴的で、他の誰かの、何とかというアルバムでも取り上げられていたような気がするんっすが、この手のナンバーは、2管クインテットでやったほうが、いいような? この、クリスのワン・ホーン版も、決して悪くはないんっすが、ちょっとあっさりしていて、物足りない感が、無きにしも非ず。 で、恵方巻き、その2。 “かに巻” 。 これは食べなかったので、よく分からないんっすが、カニが巻かれていた模様っす。 数の子なんかも巻かれていたようなので、そういうのが好きな人には、いいかも? 個人的に魚の卵系は、あまり好きではないんっすが、そういう人には、アカンかも? 変に凝らずに、カニカマとシーチキンとマヨネーズで、いいような気がするんっすが、それだと安っぽくて、銭を取れませんからね。 ま、その辺は、子供の好みと、大人の事情との兼ね合いということで。

 で、次。 「サンライズ・サンセット」 。 ピアノが主導する主旋律に、アルトが茶々を入れる。 そんなテーマ部のアレンジが印象的で、全体の雰囲気としては、サンライズよりも、サンセット色のほうが、強いかな? …と。 夕暮れ時の切なさのようなものが感じられて、いいっすなぁ。 で、次。 “エビカツ巻” 。 揚げ物が好き。 油揚げも好き。 そんな僕が本命と位置づけていた1本…というか、半本なんっすが、結果、うーん、まあまあ? 個人的には、マヨネーズがもっとたっぷりでも、よかったかな? …と。 ま、変わり種としては有効だったので、これはこれでアリだと思うんっすが、で、次。 「スティーブズ・ブルース」 。 クリスのオリジナルなんっすが、アドリブの出発点としての素材。 そんな位置付けで、曲そのものとしては、あれこれ語るようなものではないな…と。 テーマを少しずつフェイクしていく感じのソロは、けれん味がなくて、伸びやかで、パーカー派としての実力が遺憾なく発揮されているな…と。 で、次。 “開運恵方巻” 。 いちばん普通でオーソドックスなやつなんっすが、七福神にちなんで、7種類の具材が巻かれているという。 玉子焼き・おぼろ(海老入り)・かんぴょう・しいたけ・カニカマ・きゅうり・高野豆腐。 定番過ぎて、子供に喜ばれないヤツっすよね。 僕もあまり、喜びません。 でもまあ、こういうのを囓っておかないと、まるで恵方巻きという感じがしないので、ハーフの半分だけ食べました。 ま、必要悪ってヤツっすかね? で、ラスト。  「スカイラーク」 。 ゆったりとしたテンポの、いかにもクリスらしい仕上がりであるな…と。 で、こっちのほうもラスト。 “天然南まぐろ恵方巻” 。 美味しかったっす。 やっぱ、寿司はマグロやな。 そんな思いを新たにした次第でありますが、で、おまけ。 いや、恵方巻きにオマケとして、鬼のお面とか、大豆の煎ったヤツとかが付いていたのではなく、アルバムのほうなんっすが、コール・ポーターの 「ラブ・フォー・セール」 。 とっても不健全な歌詞で知られるスタンダードなんっすが、個人的には、さほど好きな歌ではなかったり。 が、ここでのクリスの、クスリが切れて、吹っ切れたかのような吹きっぷりは極めて快調で、CDオマケにしておくのは、ちょっと勿体ないような? そんな気がする出来だったりして、が、終盤に出てくるポール・チェンバースのアルコ・ソロは、ちょっと…。 本編で没になった要因は、ここにあるような気がしないでもないんっすが、その後、アラン・ドウソンが派手なドラムス・ソロで嫌なムードを吹き飛ばして、でもって、テーマに戻って、今日のところは、おしまい。

【総合評価】 アルバムも恵方巻きも、どちらもよかったな♪ …っと。


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